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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)1307号 判決 1965年3月09日

控訴人 大町忠雄

右訴訟代理人弁護士 北村巌

同 北村春江

右訴訟復代理人弁護士 酒井武義

被控訴人 吉田辰三郎

被控訴人 高津吉長

被控訴人 高津明子

右三名訴訟代理人弁護士 清水嘉市

同 原田甫

同 喜治栄一郎

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人等の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

(一)  被控訴人吉田辰三郎の請求について、

一、被控訴人吉田より控訴人が昭和二一年四月三〇日別紙目録記載(イ)の土地を賃借したことは当事者間に争がなく、≪証拠省略≫によれば、右賃貸借の賃料は当初一ヶ月一坪につき金三円五〇銭、(七坪合計二四円五〇銭)であり、その後一ヶ月一坪六円(七坪合計四二円)に値上げせられたこと、権利金として金一、〇〇〇円が昭和二二年九月一五日授受されたことが認められる。

二、同被控訴人は契約終了原因として、右契約は一時使用目的の賃貸借であるから、同被控訴人の昭和三二年三月九日付同月一〇日到達の解約申入により終了した旨主張するので按ずるに、同被控訴人は、一時使用ということの具体的約定内容については何等明確にするところがないのみならず、≪証拠省略≫によれば、本件契約の際差入れられた誓約書には、貸金の必要の場合には異議なく速かに返戻する旨の文言が存することが認められるけれども、右書証によれば、他面において、本件契約は控訴人が戦災地たる本件土地上にバラック建物を建設所有する目的で結ばれた趣旨が明示せられているから、終戦直後の建築としてバラック建物が通例であった右賃貸借契約成立当時の公知の事実に徴するときは、右の必要の場合における明渡の約旨が存することのみを以て、たやすく右契約を一時使用の賃貸借と認めることは許されない。また原審証人吉田やす江の証言、原審における被控訴人吉田本人尋問の結果中には、本件土地の賃貸は三、四年又は四、五年の期間を予定した旨の供述が存するが、右被控訴人吉田の供述中には、他方に、右予定期間終了後のことについては格別約束がなかった旨の供述が存するから、右の予定のみでは直ちに一時使用目的とはなし難く、当審における被控訴人吉田本人尋問における一時使用の趣旨で賃貸した旨の供述はたやすく措信できず、他に右被控訴人主張事実を認めるに足る証拠はない。却って、前認定の通り、右賃貸借契約後間もなく、当時としては可なりの大金である金一、〇〇〇円の権利金が授受された事実と、≪証拠省略≫により認められる契約成立後一〇年以上の昭和三一年末頃までは異存なく賃料を授受して契約が存続したという事実(成立に争のない甲第三号証の一の記載はたやすく措信できず、右の反証たり得ない)の実績に徴するときは、本件契約は、一時使用目的のものでなく、通常の土地賃貸借契約と認むべきであるから、一時使用賃貸借であることを前提とする被控訴人吉田の右主張は理由がない。

三、次に同被控訴人が契約解除原因として主張する昭和二三年頃の無断増築の事実の有無につき検討する。同被控訴人の主張する増築部分(別紙図面Bの部分)の建坪は一坪三合三勺であって、本件建物の南端部分巾約四尺三寸二分の突出部分を指称するに外ならないことは、同被控訴人の主張自体によって明らか(昭和三八年一一月一一日付第六準備書面添付説明図面)なところ、前記突出部分の敷地が本件賃借地の範囲内であるとすれば、仮りに控訴人が右部分まで建物を無断で拡張して増築したとしても、無断増改築禁止の特約の認められない本件契約においては、解除原因として認めるに足りないものであることはいうまでもない。また、右主張の増築部分敷地を本件土地(別紙目録(イ))より控除すると、その残地は僅かに五坪九合九勺となり、≪証拠省略≫により認められる本件賃借地の坪数七坪に不足し、両者が一致しないことは明白なる事実である。被控訴人吉田の本人尋問の結果(当審)中には、右増築部分が賃借地の範囲外に及ぶ旨の供述が存するけれども、前記賃借坪数と右の現存建物敷地坪数との関係及び証人大町幸次郎の証言(原審、当審)に対照するときは、右供述はいまだ以て賃借地外の無断建築の確証とは為し難く、被控訴人吉田の原審本人尋問における約三坪増築した旨の供述も措信するに足らず、≪証拠省略≫によるも控訴人の賃借地外の無断建築を認めるに足る確証はない。

そうすると、右無断建築を理由とする契約解除の主張も理由がない。

四、次に控訴人が本件土地の西隣地の売却等による本件土地の袋地化を理由とする契約解除の当否につき按ずるに、控訴人が本件土地の西隣地を所有していたとしても、これを売却しないことを被控訴人吉田と約定したものでもなく、また本件土地の賃借により、同被控訴人に対し右隣地を売却しない義務を負担した訳でもないから(かかる約定や義務負担については、被控訴人吉田の何等主張しないところである)、右隣地の売却が本件賃貸借契約上の義務違反となる筋合はない。また控訴人が被控訴人高津吉長、同高津明子から本件土地の北隣地(別紙目録(ロ)の土地)の明渡請求を受けただけでは直ちに本件土地が袋地となる訳はなく、また本件土地は、その東南に接続する残地の道路に面する部分を被控訴人吉田が独立して建物敷地として使用する限り(この事実は当審検証の結果により明白である)、当然に袋地化する位置に在るもので、このことは被控訴人高津吉長等の明渡請求権行使の有無と関係がないから、袋地化による利用不能を理由とする契約解除の主張も亦理由がない。

五、さらに被控訴人吉田が執行した仮処分に違反したことによる不信行為を理由とする契約解除の主張につき審按する。被控訴人吉田が昭和三二年三月一六日控訴人に対する仮処分命令に基き本件地上建物につき執行吏保管、現状維持の仮処分を執行したこと、右執行後において、控訴人が、その程度は別として、本件地上建物を改修したことは当事者間に争がない。ところで≪証拠省略≫によれば、右の被控訴人吉田の申請に係る仮処分の理由は、本件土地賃貸借は貸主の必要あり次第何時でも明渡す約旨ものであること、及び控訴人が賃借地約七坪の範囲を越えた約三坪の土地上に増築を為し、不法占有したことにより、解約申入又は契約解除をしたことを理由とすることが明らかであって、右の解約又は解除の原因は、前段認定によれば容認できないことが明瞭であるから、右の仮処分及びその執行は、その執行の相手方の当否を論ずるまでもなく、被保全権利を欠く点から、正当のものとは為し難い。そして右のような理由のない仮処分が執行された場合において、仮処分債務者となった賃借人(控訴人)が、右仮処分命令に違反して、執行目的物たる土地上の建物を改修ないし改築することは、右仮処分が不当で取消さるべき筋合のものであったとしても、なお仮処分違反となり、保全処分又はその執行手続上は、それに相当する制裁ないし不利益を受けねばならぬことは勿論であるけれども、右仮処分違反の程度又は態容が特に著大であり、そのこと自体において仮処分債権者たる賃貸人に挑戦し、若しくは同人に対する敵意を示す等の背信性を表現するような特段の事情が認められる場合でない限り、一般には、単に仮処分に違反したということは直ちに、その行為が、実体法上も、特に本案の裁判の対象たる実体権の存否の審査についても、仮処分債権者たる賃貸人に対して債務不履行となり、契約解除原因を生ずるものと速断されてはならない。右控訴人の仮処分違反行為の内容が、仮処分の有無に拘らず、そのこと自体で契約違反たる性質を備えるものであれば別論であるが、借地法適用を受くべき本件契約の如き土地賃貸借の目的地上に存する建物の改修ないし改築は、無断増改築禁止の特約の存しない場合は、契約解除の原因たる契約違反に該らないものと解すべきであるから、このように本来は契約違反に該当しない行為が仮処分中になされた場合において、その仮処分が理由のないものであって、賃貸人においてその故意、過失はしばらく問わないとしても、少くとも客観的には、自らその相手方に対しいわれのない拘束を課したものであるときは、その仮処分違反という外形のみを理由として、相手方に対して、右拘束に反する行為が自己に対する不信行為を為すものとして契約違反又はこれと同様の責を問うとすることは、公権力の力を借りて本来有しない権利の実現を図ると同一結果を生ずる点から見ても、これを是認することは不当であり、また自ら右違反行為を誘発する原因を設けた者として、相手方のみにその結果的な責を問うことは信義則上も許されることではなく、時には、本案の審判以前の保全処分上の紛争を以て本案の審判を左右すると同一の結果を招き、本末顛倒の不合理を生ずることになるから、到底許容し得ないものといわねばならない。

のみならず被控訴人吉田は、控訴人が同被控訴人の執行した仮処分を無視して旧建物の平家建を中二階とし、裏に四帖半一室を増築する等の工事を行うという違反行為をした旨主張するけれども、被控訴人吉田が昭和三二年三月一六日に執行した仮処分の対象物は、本件物件のうち別紙目録(イ)記載の範囲内の土地上の建物(現在では(A)に該当するもの)に限られるものであるところ(このことは成立に争のない甲第八号証に徴しても肯認される)、被控訴人吉田の右主張のうち、平家建を中二階に改造したという部分は、その殆どが他人即ち被控訴人高津吉良、同明子の所有地の区域内に属し(検甲第一ないし七号証は主としてこの部分の改造の証拠となるに過ぎない)、原審検証現場における被控訴人吉田代理人の主張、指示によれば、全部被控訴人吉田の仮処分目的物件の範囲に属せず、当審検証現場における同被控訴人の主張によっても、控訴人の改造部分の南端の一少部分がこれに該当するのみであることが明らかであるから、本件地上建物の右仮処分後の改造が被控訴人吉田に対する仮処分違反を構成する余地は極めて少く、その程度は甚だ軽微であるということができる。また四帖半一室の増設が右仮処分執行後に為されたということは、被控訴人吉田の全立証によってもこれを確認し得ない(証人木村吉雄の証言中同被控訴人主張に副う部分は、当審証人大町幸次郎の証言と当審検証の結果に対比してたやすく措信できない)。尤も当審証人大町幸次郎の証言によると、本件建物の西南部に属する四帖半の間は、前記仮処分後において北方へ一部拡張せられたことが認められるが、右増設部分中被控訴人吉田の仮処分目的物件に該当する区域は、右証人の証言と当審検証の結果に徴すると、極めて狭少であることが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると、控訴人の前記仮処分執行後の建物改造が、被控訴人吉田に対する仮処分違反を構成するとしても、その程度態容は極めて軽微であり、到底その敷地の賃貸借契約の解除原因に価する不信行為たり得ない性質のものであるというべきである。

よって控訴人の仮処分違反を不信行為として、契約解除原因となることを理由とする被控訴人吉田の主張も理由がない。

そうすれば、被控訴人吉田の請求原因はすべて認められず、同被控訴人の本訴請求は失当として棄却を免れない。

(二)  被控訴人高津吉長、同高津明子の請求について、

一、別紙目録記載(ロ)の土地が現に被控訴人吉長、同明子の共有であり、右土地上に控訴人が同目録記載(B)の建物を建築所有し、右土地を占有していることは当事者間に争がない。

二、控訴人は、右土地の占有権原として、控訴人は昭和二一年四月中当時右土地の所有者であった被控訴人吉長及び同人姉ふさの代理人たる訴外高津復興住宅組合から右土地を賃借した旨主張するので按ずるに、右土地が大正九年一二月六日当時の所有者被控訴人吉長から同人の母アイに所有権が移転せられ、その登記が為されたことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第一四号証の一ないし四、第一五号証によると、右アイは昭和二〇年七月二〇日死亡(当時アイは被控訴人明子を戸主とする高津家の家族であった)したので遺産相続により本件土地はアイの長女ふさ(吉長の姉)、長男吉長の両名の共有(但し未登記)となったこと(その後ふさが昭和二八年一月一二日死亡したので、ふさの子である被控訴人明子が、ふさの共有持分を相続したもの)が認められ、次に、証人田中藤作の証言(原審)により成立を認める乙第一、二、四号証、証人大町幸次郎の証言(当審)により成立を認める乙第五、六号証と証人田中藤作、橋本隆雄(いずれも原審)、大町幸次郎(原審、当審)の証言を綜合すると、控訴人は昭和二一年四月二一日頃本件土地の共有者の一名たる右ふさの代理人としての高津復興住宅組合(理事長田中藤作)より右土地(一三坪又は一三坪二合として)を権利金一、五〇〇円(同月二一日支払)、敷金一五〇円(同年八月三日支払)、地代一ヶ月金四〇円の約で借受け、同年五、六、七月分の地代合計一二〇円を同年七月二八日及び同年八月三日の両度に右組合事務員梶忠次郎に支払(権利金敷金も同人に支払)ったこと、ふさは同年四月末頃本件土地現場に来て控訴人の使用を諒承して帰ったが、その後同年八月頃までに、右地代を賃貸借の当初から遡って一ヶ月一坪金四円五〇銭ないしは一ヶ月合計六五円に値上げ方を要求したので紛議を生じ、控訴人は同年八、九、一〇月分の地代として従前の額に依る三ヶ月分合計金一二〇円を右梶に交付したのみで、値上げを承諾せず、またその後被控訴人吉長も地代の値上を求め、これを一ヶ月坪金一〇円とし、権利金として金一五、〇〇〇円を差入れなければ引続き賃貸しない旨強硬に主張したので、交渉は決裂し、控訴人としては地代の供託を始めるに至ったことが認められ、前記組合が本件土地賃貸借の代理権を有していたことは、右賃貸借成立当初に右組合に支払われた権利金(この金額一、五〇〇円は、終戦後間もない当時の貨幣価値に徴すると、相当の高額であると見なければならない)、敷金及び初めの三ヶ月分の地代がふさに依って受領を拒絶されて返却されたような形跡が全くなく、一旦異議なく収納されたと推測せられること、ふさが控訴人の土地使用を現認して諒承したことの諸事実に徴して優に推認し得られるところであって、被控訴人吉長本人尋問の結果(原審、当審)中右認定に反する供述部分は、前記各証拠に対比してたやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

三、次に被控訴人吉長本人尋問(原審、当審)の結果によると、昭和二一、二二年頃は被控訴人吉長は前記ふさと同居中であったことが認められ、右両名は姉弟の関係にある本件土地の共有者であったことは前認定の通りであるから、ふさが前記の通り高津復興住宅組合の手を介して本件土地を控訴人に賃貸するについては、被控訴人吉長は少くとも暗黙の裡にこれを承認していたことは充分推察し得るところであって、右認定に反する被控訴人吉長本人尋問の結果(原審、当審)は信を措くに足らない。のみならず、≪証拠省略≫を綜合すると、本件土地が前記の通り被控訴人吉長から同人の母アイに所有権移転登記された大正九年頃には、吉長は母アイと同居していた家を出て、同年一二月一〇日大阪市南区下寺町四丁目四七九六番地に転籍し、吉長の弟猪三郎は同月一一日同市同区高津町一〇番地(本件土地)に分家(戸主)し、アイは吉長の姉ふさと共に同月一三日右分家に家族として入籍したことが認められるから、本件土地をアイの所有物としたことは、これを吉長の許より取上げて右分家(実質上は高津家の本拠地たる本件土地上に籍を置く本家同然のものと推定される)の財産としたものと解せられ、右認定に反する証拠はないところ、猪三郎が前認定の通り右翌年五月に死亡し、アイも昭和二〇年に死亡するに及んで、吉長はアイの遺産相続人として再び本件土地の所有名義人となったものであることが明らかであるから、吉長は上述の経緯上本件土地に対する権利を強力に主張し得る立場にはなかったことも推認に難くないから、この点から推しても、右分家の家族であり、吉長と共にアイを共同相続した姉ふさに対し本件土地の管理、処分権を一応委任していたことの推認は容易であるということができる。そうすると、控訴人に対する本件土地の前記賃貸借は、被控訴人吉長に対してもその効力を生ずるものといわねばならない。

そうすれば、右賃貸借契約について、解除その他の終了原因について被控訴人吉長、明子等より主張立証のない限り、控訴人は本件土地(別紙目録(ロ))の占有について正当な権原を有するものといわなければならない。

よって被控訴人吉長、同明子の控訴人に対する請求も理由のないものとして棄却を免れない。

そうすると、原判決中被控訴人等の請求を認容した部分は失当としてこれを取消し、被控訴人等の請求を棄却すべきものとし訴訟費用につき民事訴訟法第九六条第八九条第九三条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 岡垣久晃 判事 宮川種一郎 奥村正策)

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